スポンサーサイト

--/--/-- (--)  カテゴリー/スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

〝しろ〟とわたし

2008/07/29 (火)  カテゴリー/ひとりごと(Roco編)

なんとか元気に成長してくれたその後の〝しろ〟は、
わんぱく坊主そのものでした。

地面に4本とも足が着地していた姿が思い出せないほど、
外をかけまわっていました。

飛ぶ鳥を追いかけたり、
蝶をつかまえようとジャンプしたり、
それこそウサギのようにピョンピョン跳んでいたように思います。

小学生の私は、そんな自由奔放な〝しろ〟がとても自由でうらやましかったことを覚えています。

裏山で遊んでいるとき、偶然〝しろ〟に出会ったこともあり、
なんだか猫のテリトリーに潜りこんだような気持ちがして、ワクワクしたものです。



記憶が定かではないのですが、
〝しろ〟が1歳を迎えるかどうかといった頃、
突然体調を崩しました。

食欲が全くなく、吐き続け、なく元気もなくなってしまいました。

以前トラが避妊手術をした動物病院に連れていってもらいましたが、
原因もよくわからず手だてがない様子で、
簡単な注射をして自宅に帰されました。

当時では精一杯のことをしてあげたと思います。


翌日だったか、数日後だったか・・・
私はひとり、自宅で〝しろ〟を見守る留守番係でした。

やや薄暗くなってくる時間帯だったかと思います。

バタバタッと段ボールの中で音がして、〝しろ〟がとても苦しんでいる様子でした。
耳や目も黄色くなり、げっそりとして、
あんなに輝いていたブルーの瞳が、灰色に変わっていました。

小刻みに震えながら、吐くものもないのに気持ち悪そうに体を丸めています。

今思えば、痙攣がおきていてもう手の施しようがなかったと思うのですが、
小さな私は舌を噛み切らないように、
ただただ〝しろ〟の口の中に自分の指を入れ、撫でるしか出来ませんでした。

今でもあの時の光景は、昨日のように映像として思い出せます。
それぐらい、とても強烈な記憶です。


〝しろ〟とわたし、どれくらい最期の時間を過ごしたのか・・・
全く覚えていません。

ただ、自分の手の中で息をひきとった彼の顔と、
あの瞬間の肌で感じた感覚は覚えています。

静かで、でも壮絶で、
「死」とはこういうものなんだと、まざまざとおしえられました。

動物が死と直面し、生と死の境を渡るプロセスを、
私は子供でしたが理解しました。


そのあと帰宅した家族と悲しみを共にし、涙を流したことも記憶の断片として残っています。
そして庭に墓をつくり、百合の球根を植え、
毎日線香の煙と共に祈っていました。

「いつかまたどこかで会えますように・・・」と。



何カ月か過ぎて、小さいながらも白い百合の花を咲かせてくれたとき、
わたしは〝しろ〟に再会できたと思いました。


そして、今でも彼は私の心のなかに生き続けていると感じています。

進路を決めるとき、
大学を決めるとき、
獣医になろうと決心したとき、
そして、
獣医を辞めたいと思い悩んだとき・・・

いつも頭をかすめたのが、〝しろ〟の最期の姿でした。

あのとき何もできなかったという罪悪感。

自分では気付きませんでしたが、ずっと持ち続けていた気がします。

でも、その罪悪感があったからこそ、今の自分がいるのかもしれません。

こんなことを考えたり、あらためて思い返すのは、
ごく最近のことです。

それぞれの「ペットロス」・・・

その人に合ったプロセスで進んでいくように思います。

私にとってはまだきっと〝しろ〟との別れが大きく胸に存在していますが、

その存在を感じる自分の心には変化があります。

「愛情」を教えてくれた〝しろ〟
「限りある生」を教えてくれた〝しろ〟

同じように、ペットを失った人の心にも、
きっと何か遺されているのではないでしょうか。。。



長い長い、「〝しろ〟とわたし」の思い出話にお付き合いくださり、
ありがとうございました。

〝しろ〟の声が思い出せないのがとても残念ですが、
こうしてブログに書かせていただけて、ひとつ私なりの区切りができました。


にほんブログ村 犬ブログへ
にほんブログ村 猫ブログへ

FC2もご協力お願いします☆
FC2banner
スポンサーサイト

テーマ : 猫と暮らす - ジャンル : ペット

この記事へのコメント

コメントを書く

 
 
※非公開コメント投稿不可
 

この記事へのトラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。